ご挨拶

気象庁は“災害級の暑さ”と表現し、国連のグテーレス事務総長は「地球は沸騰化の時代に…」と述べるなど、気候変動がもたらす脅威が露呈したかのようなこの夏…。
皆様方にはご健勝にお過ごしでいらっしゃいますでしょうか。

私ども音楽、そして舞台芸術の世界に身を置く者は、どんな時にでも世の中を明るく照らす灯を灯し続けなければなりません。

2017年に日本オペラ協会の総監督に就任してからは、当然ながら自身の活動を後回しにし、ここまで日本オペラの普及と発展のために全力を注いできております。
こちらは私のプライベートなホームページですが、そのような事情から私ども日本オペラ協会の直近の活動状況について触れさせていただきたく存じます。

 

本年2月にBunkamuraオーチャードホールにおいて、日本オペラ協会が総力を結集して臨んだ公演【三木稔作曲《源氏物語》~グランドオペラ日本語版全幕】の世界初演は、“よく訓練された明瞭な日本語でのハイレベルな歌い手による公演”と各方面より賛辞を賜りましたが、“そこ”を認めていただけたことは最大の成果でした。

令和5年度は去る7月に《夕鶴》で幕を開けましたが、“純粋さ”や“理想”といった言葉の影が薄くなりつつある昨今、ともすれば忘れがちな普遍的価値観を喚起する意味でも、実にタイミングを得た演目であったかと存じます。二日間とも満席となり、会場のテアトロ・ジーリオ・ショウワは終始緊張と熱気に包まれ、充実した公演となりました。

日本オペラへの指針となる「日本のオペラ・アリア選集」が昨年出版されたことにより、幅広い演目におけるアリアの選曲が容易となったことを契機とし、昨年度より名称を《日本オペラ・日本歌曲 連続演奏会》と変更させていただきましたが、その第72回が8月23、24の両日、渋谷区文化総合センター大和田・伝承ホールで開催されます。日本歌曲の部では、歌に込められた作者の想いを表現する歌い手の感性の豊かさを、そして日本オペラのアリアの部では、その背景にドラマがあることから、場面を想定し役に成りきって歌う歌い手の演技力をもお楽しみいただけると存じます。

本年度はこの後、2024年2月10・11・12日の三日間、目黒パーシモンホールにおいて【倉本 聰 原作~オペラ《ニングル》】を新作初演いたします。

「ニングル」は、「北の国から」(1981年~2002年放送)など、テレビを中心に数多くの名作ドラマを手掛けた脚本家・倉本聰氏が、1984年に立ち上げた私塾「富良野塾」を中心に発表した舞台作品のなかの代表的な戯曲です。この度、倉本氏がこの戯曲「ニングル」のオペラ化を快く了承してくださり、オペラ《ニングル》が実現する運びとなりました。

戯曲「ニングル」は、未来を思って現実に破れ死に至る青年と、現実の為に未来を忘れ生き残ったもう一人の青年…その2つの現実の間で苦悩する2人の若者の相克のドラマです。「ニングル」で語られる「森の木を大事にしろ、人類が欲望を満たすために切り開いた森を、種からもう一度呼び戻せ。生命を未来につなげろ」というメッセージは、2015年に国連で採択され2020年にスタートした“SDGs”(持続可能な開発目標)と正に重なります。倉本氏は、40年ほど前のこの作品で過度な自然環境の破壊が招く悲劇を既に予告しており、取り返しのつかなくなる前にそのことに気付きそして引き返す知恵と勇気を持つことの大事さを教えてくれているのです。
倉本氏は、舞台公演「ニングル」のパンフレットに、「“真実”と“勇気”そのことをモチーフに、今日の利害に捉われて明日のこと未来のことにフタをする我々の生き方を問いたいと思った。 恐らく“ニングル”はそのことを云わす為に、僕の指先に座ったのだと思う」と書いておられます。

2020年にスタートした“SDGs”は、その直後からの国際情勢の大きな変化によって目標の達成に翳りが見え始めてきただけに、私ども日本オペラ協会は新たにオペラならではの魅力を具えた《ニングル》の制作・上演の為に目下情熱を注いでおります。

◆オペラ 【ニングル】のご案内
令和5年度(2023年度) 日本オペラ協会公演
日本オペラシリーズ №86 【ニングル】 新作初演
原作:倉本 聰 / 作曲:渡辺俊幸/ オペラ脚本:吉田雄生
指揮:田中裕子 / 演出:岩田達宗
<期日>2024年2月10日、11日、12日
<会場>めぐろパーシモンホール 大ホール

今だからこそ特別に意義のある本公演に、ぜひともお越しいただきたく存じます。
心よりお待ち申し上げております。

また、“災害級の暑さ”の影響により、こののち夏バテをなされませぬよう くれぐれもお気を付けいただき、どうぞくれぐれもご自愛専一にお過ごしくださいませ。

2023年 葉月 吉日
郡 愛子